■1960年生まれ。
■高3春休み:高校時代に貯めた自作曲を人前で披露するべく、友人とバンドを結成し、遂にファーストライブを行う。バンド名は「オレンジ・マーマレード」
■40代前半時代:とある秋の日の午後、日比谷野音のステージに立つ。もとい、立ってみた。観客は誰もいない。当然である。そして、いい感じだった。
■40代中盤~(継続中):ZOOMの8chデジタルMTRを確か5万円ぐらいで買い、その性能にビックラ仰天。昔のカセットピンポンは何だったのか~。曲を作り貯めては一人でMTRの世界に浸りつつ、「作品集」vol.1からvol.7までCD化。そして世に問う。というより、頼まれもしないのに友人知人に進呈してきました。。みなさん本当にありがとう。
■40代後半時代:勤務していた三重県鈴鹿市の工場の課外活動として若いメンバー中心に活動していたスカバンド、「沈没カスタネット」から声がかかり、サイドギターで参加。久しく永らく忘れていた、バンドの快感が体とココロに蘇ってきた。。最高な人生の楽しみ方のひとつ、それは間違いなく、仲間を見つけてバンドすることだと思う。
■50代前半時代:滋賀県守山市に単身赴任。ここで私の人生を変えたかもしれない、いや多分変えたのに違いない、ライブバー「CrossRoad」に出会う。この場所で知り合った方々との時間が、今の自分の音楽へとつながっている。。
■50代中盤時代:静岡県富士市に単身赴任。ここで更に、いや決定的に私の人生を変えたであろうライブバー「Liverpool Jhon」に出会う。マスター率いるバンド「トルズ」に加入させて頂き、至福の時を過ごした日々。
■50代後半時代:転勤で神奈川県に引っ越し。これに乗じて、自作曲での弾語りを東京・横浜あたりのライブハウスで始める。APIA40は、由緒のある弾語り専門のハウス。最初の緊張は半端なかった。。
■58才時代:長年の夢であった路上でのライブを実現。東急田園都市線の青葉台駅前は、様々なアーティストの路上パフォーマンススポットになっているが、初めての日は、これまた半端ない緊張。しかし弾きながら歌いながらやがて、不思議な感覚が訪れた。通りすがりの見知らぬ人々と、自分の声とギターの音色が交差する。ライブハウスでは味わえない何かが、そこにはあった。